産業技術総合研究所の北海道センターでは、床面積が約291平方メートルの「医薬製剤原料生産のための完全密閉型・植物工場」にて、水耕栽培によってイチゴやイネ、ジャガイモなど遺伝子組換え植物の栽培実験が行われている。そして、本センターでは、免疫の活性化に役立つタンパク質「インターフェロン」を含むイチゴが栽培できる新技術について、動物薬用を対象に平成23年にも医薬品として承認申請に踏み切る方針で準備を進めている、という。
今回の研究は、産総研・北海道センターが保有する特殊空調などで外部と遮断され、遺伝子組み換え植物の栽培や医薬品の生産を可能とする「植物工場」で進められた。実用化されれば、抗がん剤などとして用いられる高額なインターフェロンが安価に提供される可能性がある。同施設は、ホクサン(株)、(社)北里研究所など、民間企業や大学と共同研究が進められている。
遺伝子を送り込む性質のある「アグロバクテリウム」という微生物に、試験管の中でインターフェロンの遺伝子を配合。その培養液に、1センチ程度に刻んだイチゴの葉の組織の細胞を約15分間浸した後、同細胞を植物体に再生させてイチゴの栽培を開始した。この方法により、約9カ月後にはイチゴが実を結び、1粒約10グラムの中に高濃度のインターフェロンが確認された。薬は、イチゴを凍結乾燥した粉末状。常温保存が可能で、1日1回イヌの歯茎に塗る。臨床試験は最終段階に入っているという。
インターフェロンとは、腫瘍細胞やウイルスの侵入に対し、免疫機能を高めるために細胞が分泌するタンパク質。B型、C型肝炎に対する抗ウイルス薬や、抗がん剤などとして用いられる。現在は細胞培養や遺伝子を組み換えた微生物などによって生産されている。
現在、イヌの歯周病を対象に、栽培されたインターフェロン入りイチゴの効果を検証しており、小型のビーグル犬で約1週間、大型のゴールデンレトリバーでは約1カ月で、出血が止まり腫れが引くなど歯肉炎の改善に効果が認められたという。産総研の試算では、広さ30平方メートルの栽培室で年間約300キロのイチゴを収穫することができ、イチゴに含まれるインターフェロンをイヌの歯周病の治療薬として利用すると年間100万匹分以上に相当する。歯周病は、2歳以上のイヌの8割が潜在的に罹患(りかん)しており、口臭や歯が抜けるなどの症状だけでなく、寿命にも影響がある、といわれている。
産総研では、イヌ用と同様に遺伝子を組み換えたヒト用のインターフェロン栽培にも成功しているが、ヒト用の新薬として承認されるには10年近くを要することから、承認までの期間が3年程度と短い動物薬の治験を先行させた。遺伝子組み換えによるイチゴの栽培でインターフェロンの生産が実用化されれば、現在高額なインターフェロンが将来には「1けたか2けた安価に提供できるようになる」(松村健植物分子工学研究グループ長)という。厚生労働省は「医薬品の効果的な開発につながるなら期待ができる」(医政局研究開発振興課)としている。