東京大学大学院理学系研究科の木村遼希 大学院生、大学院農学生命科学研究科の矢守航 准教授(研究当時:大学院理学系研究科 准教授)らは、モデル植物であるシロイヌナズナの気孔(注2)が開いたままの変異体では、野生型の個体に比べて光合成誘導期間が90%ほども短縮されることを見出した(図2)
図2:高い気孔開度は光合成誘導に要する時間を短縮する
発表のポイント
- 野外では、雲の動きや上部に存在する葉の動きによって葉の受ける光強度は大きく変動する。
光強度が一定の環境で光合成能力を強化した例はいくつかあるが、「変動する光環境」に対する植物の光合成応答の強化に成功した研究例はまだ極めて少ない。
- 気孔は環境に応じて開閉することによって、光合成に必要な二酸化炭素の取り込みや蒸散による水分の放出を制御している。
本研究では、光強度の上昇に応じて気孔をすばやく開かせることで、野外の光環境を模した変動光環境において光合成および植物成長を促進することに成功した(図1)。
- 野外の変動する光環境における光合成の調節メカニズムの全貌の解明は、地球レベルの大気CO2の削減や食料増産のために必須な光合成効率の改善や光合成生産向上のための技術基盤となるだろう。
図1:気孔を迅速に開口させることで、野外における光合成応答と植物成長の促進に成功 (3/2付け 図1改訂)
発表概要
野外環境において、雲の切れ間から降り注ぐ光や、風で揺らめく植物の葉の間から差し込む光によって、植物の受ける光量は頻繁に変動している。
弱光下に置かれた葉に強い光があたると光合成速度は徐々に上昇し、やがて定常状態に達する。この現象を光合成誘導反応(注1)と呼ぶ。
光合成誘導反応が起こっている間、植物は本来の光合成能力を最大限発揮することができていない。
そこで、光合成誘導に要する時間を短縮することによって、野外の変動する光環境における植物生産性を向上させようという取り組みが、世界中でなされている。
※ 詳細情報: https://apps.adm.s.u-tokyo.ac.jp/WEB_info/p/p/6715/2c2xfRqM/
注1 光合成誘導
光照射後に光合成が始動し、定常状態に達するまでのCO2固定速度の変化過程。この期間は光エネルギーを有効利用することができない。
この誘導反応では、暗黒や弱光下で不活性化していた光合成関連酵素が活性化したり、閉じていた気孔が徐々に開くことで光合成の基質であるCO2の供給量が増えたりする。
注2 気孔
葉の表皮に主に存在する開閉式の小さい孔状の構造。孔辺細胞という一対の細胞が膨潤収縮することによって開閉し、植物体と大気間のガス交換(CO2吸収や蒸散)を可能にしている。
夜間は閉鎖し不要な蒸散を防ぎ、光照射とともに開口する性質があるほか、湿度やCO2濃度に応じてその開き度合が変化する。